馬渕睦夫が語るウクライナ問題の真実

日本のメディアが報じない不都合な真実

中国に捏造された南京大虐殺の大嘘 Fake of Nanking

混沌とした各国の思惑や情報戦のさなか、世界を横軸に視ることで国際情勢を多面的に捉えることができます。現在ネットで話題になっている、他では聞けないニュースをお届けします。

南京事件の再検証

南京事件 南京大虐殺は捏造だった 真実がわかる南京の写真

南京事件の捏造は、あまりにも内容が杜撰で、学術的にも統計的にも(人口など)でたらめ。国民党軍の自国民に行った悪事については一切触れずに、ウソ八百を並べた史上最大の悪質なファンタジーなのである。

元のサイトには南京占領についての詳しい説明文以外に、レイプオブ南京によって世界中に広められたニセの写真の検証もあります。(日本語、中国語、英語の表記)

The So-Called Nanking Massacre was a Fabrication

 

学校では教えてくれない南京の真実

 

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中国兵たちの悪行に辟易していた南京市民たちは、日本軍の入城を歓声をもって迎えた。これは日本軍の入城式の日(1937年12月17日)に、食糧やタバコの配給を受け、歓声をもって迎える南京市民ら。市民がつけている日の丸の腕章は、民間人に化けた中国兵ではないことを証明するために、日本軍が南京市民全員に配ったものである(毎日版支那事変画報 1938.1.11発行)

 

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南京市民と楽しく会話する日本兵ら(1937.12.20撮影 南京占領の7日後 支那事変写真全集1938年刊)

 

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南京市民に食糧等を配る日本兵たち。(イギリス系新聞「ノース・チャイナ・デイリー・ニュース」1937.12.24付 南京占領の11日後)

 

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 日本軍による南京占領5日目の朝日新聞

(右)武器も持たず中国人から買い物をする日本兵
(中上)南京に戻ってきて畑を耕す中国人農民。
(中下)平和になって南京に戻ってきた中国人ら。
(左)中華街の名物、街頭床屋。子どもも大人も手製の日の丸の腕章をして笑っている。(朝日新聞 1937.12.18付)

 

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南京占領8日目の朝日新聞 タイトルは、「きのうの敵に温情《南京城内の親善風景》」

(右上) 治療を受けている中国傷病兵
(左上)日本軍将兵の情に食欲を満たす投降兵
(真ん中)中国人のお店で買い物をする日本兵
(右下)山田部隊長と語る敵の教導総隊参謀、沈博施小佐
(左下)南京城内でくつろぐ中国人市民ら
朝日新聞1937.12.21付)

 

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南京の病院の中国負傷兵と看護する日本兵(ノースチャイナ・デイリー・ニュース 1937.12.18付 南京占領の5日後)

 

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中国負傷兵を看護する日本の衛生兵(南京占領の7日後 1937.12.20林特派員撮影 朝日版支那事変画報1938.1.27刊)

 

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「中国人は日本人カメラマンが行くと、積極的に子供をかかえて撮影に協力してくれる。日本兵や日本人を恐れていなかった」(カメラマン佐藤振寿氏。南京占領の2日後 1937.12.15撮影 南京安全区にて)

 

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日の丸の腕章をつけ、通りで野菜を販売する南京市民(1937.12.15 南京占領の2日後)

 

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南京陥落直後、南京近郊にて中国人の子供と手をつないで歩く赤星昂(あかぼしたかし)少尉(夫人提供)

 

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安全区で南京市民に食糧や菓子を配る日本兵ら(南京占領の5日後 1937.12.18付 東京日日新聞より)

 

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疫病防止のため南京市民に予防措置を施す日本の衛生兵(南京占領の7日後 1937.12.20林特派員撮影 朝日グラフ 1938.1.19刊)

 

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日本兵から菓子をもらって喜ぶ南京の家族(1937.12.20撮影 朝日版支那事変画報1938.1.27刊)

 

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釈放されて郷里へ帰る前に笑顔で写真におさまる中国兵捕虜たち(朝日版支那事変画報 1939.8.5刊)

 

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劉啓雄(りゅう・けいゆう)少将。彼は南京安全区に潜んでいたところを捕らえられ、しばらく苦力として雇われていたが、のちに汪兆銘親日政府の軍の軍長となった(朝日版支那事変画報 1938.1.1刊) (Asahi-ban Shina-jihen Gaho, No. 14, Jan. 1, 1938)

 

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日の丸と中国の五色旗を振り、南京自治政府発足を祝う南京市民ら(1938.1.3)

 

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南京の中国人家族に紙幣を渡す日本兵(1937.12.27影山特派員撮影 南京占領の14日後 朝日版支那事変画報1938.1.27刊)

 

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南京の街路で日本兵相手に商売をする中国人(毎日版支那事変画報1938.2.1刊)

 

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平和の戻った南京で、ジョン・マギー牧師のもと日曜礼拝を持つ中国人クリスチャンら(朝日新聞1937.12.21付の「南京は微笑む」の記事より)

 

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戦禍の終わったことを知り、防空壕から出てきた南京の女性たちを庇護する日本兵ら(南京陥落の翌日12月14日。朝日新聞1937.12.16付)

 

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南京市内で日本兵に雇われて食糧を運ぶ中国人ら(1938.1.20撮影)。日本軍は食糧を市民に配ったので、南京では餓死者が一人もいなかった。(支那事変写真全集(2))

 

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手足を失った中国負傷兵と、彼らを看護する日本兵(南京捕虜収容所で 1938年初春 毎日グラフ:日本の戦歴)

 

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南京の捕虜収容所で、手製の楽器を演奏して楽しむ中国兵捕虜たち(毎日版支那事変画報1939.5.20刊)